ファリス兄弟と愛しいものへの個人的な祈り

はとさん(@810ibara)主催のアドベントカレンダー15日目、12/15の記事です。
(わたしが動かされたもAdventCalender2019:https://adventar.org/calendars/4375

わたしのコンプレックスは「声が通らないこと」だ。
声が小さいわけではないが、とにかく周囲に伝わりにくい。居酒屋で店員さんを呼ぶ「すみませーん」も、コンビニでの「あ、袋いりません」も、一度で聞きとられた試しがない。コンサートで推しの名前を叫んでも、数十センチ先で虚しく霧散していくのを感じる。
このコンプレックスのせいか、声の大きな人が昔から苦手だった。大きな声で、無遠慮に強い言葉を投げる人と距離を置いてきた。実生活でも、SNSでもそうだ。
この苦手意識が、人前で自分の好きな人、いわゆる推しについて自ら声高に語ることを遠ざけてきたように思う。

自分の心は自分だけのもので、自分が感じる好きな部分を好きなように好きでいたら、言語化することはそれほど重要じゃないと思ってきた。なにより、言葉にすると、肯定否定どちらであれ、返される言葉で自分の大切な世界を傷つけられるのが怖かった。
このアドベントカレンダーの記事も、11月中にはほぼ書きあがっていた。テーマは変わらないが、「野暮な詳細は語らないから、とにかく彼の音楽を聞いてみて」で締める形式の(今思うとつまらない)記事だった。
だけど、12月に入って、次々と開く鮮やかなアドベントカレンダーを読んでいくうち、小さく疼く気持ちに気づいた。その熱量、その文字数、それぞれの愛と驚きに満ちた物語。そうだ、テーマは「わたしが動かされたもの」。そこに正解も、模範もない。
わたしも自分の感じることをそのまま語ってみたいと思う。

前置きが長くなりましたが、この記事では、ある秋の日にアメリカは西海岸イングルウッドのラッパー、DSmokeに恋した話を書きます。
洋楽にはほぼ造詣がなく、ただただ1つの配信番組を見続けた者の記録である点、お含みおきください。

※Rhythm+Flowのネタバレを含まずに書くことが難しかったため、内容にやや触れています。これからご覧になる予定の方はご注意ください。

<Rhythm+Flowという番組>
DSmokeはNetflixで10月より配信が開始された「Rhythm+Flow(リズムアンドフロー)」というオーディション番組の参加したアーティストだ。
カーディB、T.I、チャンスザラッパーの3人が審査員となり、未来のHIPHOPスターを選び出す。Netflixで初めてのリアリティオーディション番組である。
この番組の面白いところは、優勝者に与えられる賞品が、メジャーデビューや大手事務所との契約ではなく、賞金25万ドルとSpotify主催のライブへの出演権だけである点だ。だから参加者はまっさらな白地である必要はなく、既にインディーズでバリバリ活動している人や、犯罪歴あり、妻子持ちなどバッググランドは様々。
優勝を逃したとしたとしても、勝ち進めた参加者は、大物制作陣との楽曲制作や、有名アーティストとのコラボステージなど、夢のようなチャンスが与えられる。
それでなくてもこのSNS時代、番組を通して獲得する世界的な知名度は、インディーズのアーティストにとってそれだけでも充分な参加理由になるだろう。

この番組を見始めたきっかけは、「なんかスカッとしてーな・・・」みたいな気持ちからだった。このころの自分はとにかく疲れていた。
わたしはここ何年もK-POPアイドルだけを見てきた。K-POPは、それこそいわゆる“WholePackage"のエンターテイメントだと思う。
トレンドの楽曲、高い歌唱力、一糸乱れぬダンス、磨き抜かれた容姿、愛嬌のある仕草。メンバー同士の絆やケミ。コンセプト。ビハインド。望む以上の全てを見せてくれる。
契約問題、事務所のトラブル、不都合な真実噂話は火のないところに煙を立てて。できれば見たくない、望まないことも、それ以上に。
今年は特に、ジェットコースターのように光と闇を行き来した。大切な人たちの未来に思いをはせて、勝手に憂鬱な気持ちになることが多くなった。
ちょっと気分を変えるつもりで見始めたのが、Netflixで配信が開始されたばかりのRhythm+Flowだった。

ところがどうだ。
見始めたら最後、スカッとどころか、後頭部をドカドカ殴られまくって、意識朦朧のなかぽいっと高速道路に放り込まれるような。抜け出せないほどはまってしまった。中毒症状のように毎日毎日エピソードを繰り返し再生し、iTunesで関連楽曲を狂ったように買いまくった。
そんな秋を過ごし、気づけば冬になっていた。

<DSmokeという人>
DSmokeは最初のエピソード、1話で行われたLA地区大会から、すでに見逃せない存在だった。
ボクシングで鍛えられ堅く締まった長身、長めで細いドレッドヘアを後ろでくくり、丸いニット帽とグレーのジャンプスーツ。
ジャンプスーツがはまりすぎていたので、パフォーマンス中に審査員のカーディBから「掃除係?」なんてからかわれていた。
しかし彼は子供たちにスペイン語と音楽を教える学校教師である。参加者の中で唯一、曲の中にスペイン語の歌詞を織り交ぜていて、そこがとても印象的だった。
歌詞の内容は彼の自己紹介的なものだったが、言葉選びに知性が滲んでいるように感じた。成り上がりを目指すゲットー育ちのラッパーの歌詞といえば「金と男女とワルいこと」ではないのか。LA予選は危なげなく通過。
単に外国語を使っているから知的に見えるわけではない、彼は語るべき物語を持っている予感がした。


<運命のサンプリング>
「Rhythm+Flow」の大会構成を少し。予選はLA・NY・アトランタ・シカゴの4つの地域で行われる。
そこから総勢30名が選出され、本戦であるLA大会に進む。
LA大会ではサイファー、バトルラップ、MV制作、サンプリング、有名アーティストとのコラボレーションを経て、勝ち残った4名で決勝だ。
MV制作以外は全て本番一発勝負のため、地区予選で抜群の存在感を見せていた参加者も、ステージ上で歌詞を忘れてあっさりと落とされる。
こういったコンペ番組につきものである各々過去のビハインドストーリーや、参加者同士の交流シーンがそれほど多くないのも見やすいポイントだ。参加者のほとんどが貧困や銃社会の影響を受けていて、胸が痛くなるエピソードも多かった。それでも、ステージに立つときは1人なのだし、評価されるのは曲とパフォーマンスなのだから、その物語性に引きずられない番組構成がいい。

わたしがDSmokeに完全に落ちた曲は、ジョージ・クリントンの「AtmicDog」(すみません、原曲知りませんでした)をサンプリングした曲だ。
ここでDSmokeは致命的なミスをする。ステージで歌ったことがない会社員にも分かる、絶望的なミスだった。
このステージは、観客もそれまでのステージより格段に多い1000人以上。複雑な舞台構成で、チャンスはもちろん1度きり。

しかし不思議なことに、わたしは最初にパフォーマンスを見たとき、彼のミスに気がつかなかった。それどころか・・・
「AtmicDog」をベースにテンポが落とされた曲にのって、パフォーマンスは続く。曲の中盤、ミスに気づいた審査員3人は顔をしかめて首を振った。
それでもステージは盛り上がった。笑顔で歓声を上げる観客。
彼の地元、ギャングが大手を振るうイングルウッドのストリートを模したステージセット。床には犯罪現場を匂わせる人形のチョーク・アウトライン、星空とネオン。
美しいメロディにのる散文的な歌詞。
パフォーマンスの最後は大歓声だった。涙が出た。圧倒的な3分間。

カーディBからの最初の評価で、このステージでミスがあったことを知る。
DSmokeが審査員達からどう総評され、このステージの結果がどうなったかはここでは語らない。
わたしはこの「AtmicDog」のパフォーマンスで、完全にDSmokeに恋してしまった。

DSmokeの良さを何か一つ上げるなら、終盤のステージでの楽曲制作で、プロデューサーのサウンウェイブに
「最悪なアイディアか天才かのどっちかだよ」
と言わせたところだ。痺れる。
番組の中でDSmokeは、この大会への参加目的はアーティスト性の確立であり、賞金25万ドル獲得ではないから優勝しなくても目的は達成していると言った。それでも、ステージの後には「勝ちたい」という彼。どっちなの。根っからのファイターだ。ギターもピアノも弾けて、ステージは最高。勝つために120%の実力を出し切るというよりは、この番組のお金や大物プロデューサーを活用して作り上げるステージを楽しんでいるようだった。

▼Rhythm+FlowでのDSmokeのステージ(本編を見る予定のない方向け)
https://youtu.be/BQ7IAbWKmzg

▼For the ART(DSmokeとピアノ)
https://youtu.be/XJYEUYaBaXI


<弟もいる ファリス兄弟>
さて、DSmokeに心を奪われたわたしは、iTunesで買える曲を全部買い、彼のinstagramをフォローし、YouTubeで見れる番組やMVを全て見つくした後、困ってしまった。
毎日毎日、移動中はDSmokeの曲を聞き、家にいる間はRhythm+Flowを字幕を見なくてもセリフを言える位繰り返し見て、歌詞を日本語訳してみたりして。
それもやりつくすとぼんやりしてしまった。なぜなら彼は10月に世界に出たばかり。当然のように供給が少ない。さすがに少し立ち止まった。
友達に布教して彼を語るか?それは前述のように得意じゃない。
ネットを駆使して彼を調べつくすか?でも、それって自分がK-POPに感じる疲労の元で矛盾じゃないか。
とりあえず家族にRhythm+Flowwを勧めてみた。すぐに良さを理解してくれた家族はカジュアルにネットでDSmokeを検索した。
「弟も歌手なんだね!」

弟・・・?
そう、DSmokeにはSiRという弟がいた。ケンドリック・ラマーらを擁するレーベルTDEと契約してアルバムやツアーを行う実の弟。そういえばRhythm+FlowでDSmokeの応援に来た家族の中に兄と弟がいた。
家族から弟SiRのインタビュー記事を送ってもらった。最新アルバム「ChasingSummer」について、彼が追いかける“自由”を夏に例えるSiR。
「ChasingSummer」も間違いない名盤だった。DSmokeよりも感性的で、少しノスタルジックなSiRの楽曲も大好きになってしまった。

▼SiRの該当インタビューは記事こちら
https://hypebeast.com/2019/10/sir-chasing-summer-tde-interview


Soul Train Awards>
兄からの弟って、さすがに無節操かしら。
そんな気持ちで過ごしていた秋の日。11/15、突然の爆弾投下である。

instagramを開くとストーリーにDSmokeとSiRが並んでいる。にこにこしながらアイコンをタップした。

「?」

同じ動画である。DSmokeとSiRが同じ飛行機でどこかへ出かけて、同じ風景の動画を上げている。それぞれお互いの曲をタグ付けしながら。
二人はラスベガスに向かったらしい。何故。
その2日後に更に息を飲む出来事が。二人が同じステージに立っている。Soul Train Awardsというライブだ。
マイクを握るSiRとピアノに向かうDSmoke。コラボステージ・・・Oh。。。

Soul Train Awards SiRとDSmokeのステージ
https://www.instagram.com/tv/B5BAoKbAJzQ/?igshid=r98f6oaaybpx


DSmokeはRhythm+Flowのなかで、家族は神からの恵みであり、何より大切なものだと繰り返し言った。
SiRはストレスフルなアーティスト活動において、自分を正気にさせるのは家族の存在だと言った。
そんな2人が1つのステージに立つことが、お互いにとって幸せな時間だったら、これほど嬉しいことはないと思った。


<とても個人的な祈り>
DSmokeは番組の中で「誠実な音楽を届ける」と言った。
誠実な音楽とはなんだろう。分からないまま冬になった。
ひとつ確かに感じるのは、DSmokeの音楽からする"自由"の匂いだ。SiRが夏に例えて追いかける"自由"。

SNS、特にTwitterを開くとついやってしまう癖がある。
素早く何度かスクロールをして、自分が大切に思う人に「良くないこと」が起きていないか確認する。それからでないと、安心してタイムラインが読めない。
「良くないこと」に、本当に心が砕かれるときがある。真っ暗でどうしようもなく辛くて悲しい、そんな思いを何度もした。
することが増えたように思う。

人生は短い。できれば美しいものだけに囲まれて、語られるべき驚きに満ちた物語の下、愛する音楽に心を溶かしたい。
誠実な音楽とはなにか。わからないけど、愛すべき語り手にわたしは祈る。
「元気で」「頑張って」なんて、求めすぎているようで、とてもじゃないけど願えない。
ただ、小さく、これだけ。

「大切な貴方に、幸せだと感じる時間が、一瞬でも多くありますように」



<#ぽっぽアドベント アドベントカレンダーに寄せて>
タイムラインではとさんのアドベントカレンダー企画を見つけたとき、学生の頃読んだ、ヨースタイン・ゴルテル著書の「アドヴェント・カレンダー」を思い出しました。
幼いヨアキムが、父親と立ち寄った本屋で見かけた古いアドベントカレンダー12/1の朝、わくわくしながら窓を開けると、出てきたのは小さな絵と2000年の時を超えた物語の1編。この本が大好きで、夢中になってヨアキムと共に24日間の旅をしたことを思い出しました。

語らざるをえない物語を語る、この魔法のような企画に出会えてとても幸せです。

はとさんありがとうございました!